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東京地方裁判所 平成5年(ワ)15705号 判決

反訴原告

内海竹男

反訴被告

新和自動車株式会社

ほか一名

主文

一  反訴被告らは、反訴原告に対し、連帯して金五七四万一四四〇円及びこれに対する平成四年三月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを九分し、その一を反訴原告の、その余を反訴被告らの各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一反訴原告の請求

一  反訴被告らは、各自、反訴原告に対し、金六四〇万四二二〇円及びこれに対する平成四年三月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用の反訴被告らの負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、反訴原告の同乗する普通乗用自動車と反訴被告らのタクシーが接触し、反訴原告が傷害を受けたことから、その損害の賠償を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  本件交通事故の発生

事故の日時 平成四年三月二二日午後七時五〇分ころ

事故の場所 東京都江東区大島二丁目四一番一八号先路上

加害者 反訴被告和山正利(以下「反訴被告和山」という。加害車両を運転)

加害車両 普通乗用自動車(足立五五け五三二九)

被害者 反訴原告。被害車両に同乗

被害車両 普通乗用自動車(練馬五六わ五三〇〇)。同車両は、訴外大関由美子(以下、「大関」という。)が運転。

事故の態様 反訴被告和山が前記場所で加害車両を北砂方面から亀戸方面に発進させようとした際、加害車両の前部バンパー右角部分と、加害車両と同一方向を進行してきた被害車両の左側側面が接触したが、その事故態様の詳細については争いがある。

2  責任原因

反訴被告和山は、後方の安全を確認しないまま加害車両を発進させ、被害車両に接触したから民法七〇九条に基づき、また、反訴被告新和自動車株式会社(以下「反訴被告会社」という。)は、加害車両を保有していたから自賠法三条に基づき、それぞれ本件事故について損害賠償責任を負う。

3  反訴原告の通院

反訴原告は、事故当日から平成四年三月三〇日まで頸椎捻挫、頸部痛の傷病名で寿康会病院に、また、同月二七日から五月一日まで頸椎捻挫、頸部外傷の傷病名で西村病院にそれぞれ通院し、その間の四月一七日から同月二八日までは西村病院に入院した。その後、五月二日から少なくとも七月三一日まで寿康会病院に通院治療した。

4  損害の填補

反訴被告会社は、反訴原告に対し一五万円を支払い、また、治療費として、寿康会病院に二八万七〇三〇円、西村病院に四七万九九八五円をそれぞれ支払い、これら合計九一万七〇一五円の填補がされている。

三  本件の争点

1  反訴原告の損害額

(一) 反訴原告

本件事故により、前記の通院のほか、寿康会病院に七月三一日以降一〇月二〇日まで通院したが、頭部から左上腕の機能障害の後遺症(一四級相当)を残したため、次の損害を受けた。

(1) 治療関係費

治療費 八九万五六七五円

通院交通費 二万五五六〇円

(2) 休業損害 一四七万〇〇〇〇円

月収二一万円の七カ月分を請求。

(3) 逸失利益 二六八万〇〇〇〇円

月収二一万円、労働能力喪失率五パーセント、就労可能年数三九年(新ホフマン係数二一・三〇九)として計算した金額である。

(4) 慰謝料 一七五万〇〇〇〇円

入通院慰謝料一〇〇万円、後遺症慰謝料七五万円の合計額である。

(5) 弁護士費用 五〇万〇〇〇〇円

(二) 反訴被告ら

本件事故は、極めて軽微なもので、被害車両に同乗していた反訴原告に衝撃がほとんど加わらず、反訴原告は、本件事故によつては何らの傷害も発症することはあり得ない。ちなみに、被害車両を運転していた大関は何らの傷害も受けていない。

仮に、反訴原告が本件事故により傷害を受けたとしても、同傷害は本件事故後二カ月で治癒し、後遺症を残さないから、次の損害に止まる。

(1) 治療関係費

治療費 六五万八一七五円

入院諸雑費 一万二〇〇〇円

(2) 休業損害 二〇万九二五三円

男子労働者の年齢別賃金センサスの六割である年収二三一万四五六〇円を基礎とし、二カ月のうち入院日数と実通院日数の合計三三日分について算定。

(3) 入通院慰謝料 二五万〇〇〇〇円

2  過失相殺

(一) 反訴被告ら

大関が前方注視を怠り、事故現場を漫然と進行したため、発進しようとした加害車両の右側を擦り抜ける走行となつて、これと接触したから、大関には五割の過失がある。ちなみに、大関は免許取得後数日しか経つていない。

ところで、被害車両はレンタカーであつて、反訴原告にも被害車両の運行利益と運行支配が帰属していて、大関の右過失は反訴原告の過失となるから、五割の過失相殺を主張する。

(二) 反訴原告

本件事故は大関が直進していたところ、加害車両が後方確認を怠り進路変更しようとして被害車両に接触したものであり、反訴被告和山の一方的な過失により生じたものである。

仮に、大関に何らかの過失が認められるとしても、反訴原告と大関とは単なる知人に過ぎず、大関の過失を反訴原告の過失として斟酌することはできない。

第三争点に対する判断

一  本件事故の態様等について

1  本件の争点は、反訴原告の損害額、過失相殺の可否・割合であるが、これらを判断する前提として、本件事故の態様及び反訴原告の症状について検討すると、甲一、二、三の1、2、四の1ないし4、五ないし七の各1、2、八、一三及び一四の各1ないし3、乙一ないし九、反訴原告本人、反訴被告和山本人に前示争いのない事実を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 本件事故当日、大関は、レンタカーである被害車両の助手席に井上、その後部の座席に反訴原告を同乗させて、本件事故現場付近路上を北砂方面から亀戸方面に向かつて運転していた。他方、反訴被告和山は、タクシーである加害車両を運転し、本件事故現場付近路上で客三名を乗せて被害車両と同一方向に発進させようとした。しかし、前に駐車車両があつたことから、ウインカーを付けて斜めに発進し、車線を変更するため少し出たところ、加害車両の前部バンパー右角部分と、被害車両の左側前輪と助手席側扉との間の車体部分が接触した。同反訴被告は、発進の際、後方を確認していなかつた。

(2) 反訴原告と大関とは、反訴原告が交際していた女性の兄の交際相手が大関であるとの、あまり面識のない関係であつたが、反訴原告は、大関が運転する被害車両の後部左側座席に同乗し、進行方向右側を見るため、少し身を乗り出して座つていたところに本件事故に遇つた。衝突後、身体が斜め前に倒れ、出血や皮下出血はなかつたものの痛みがあつたことから、警察の到着後に救急車を呼んでもらい、寿康会病院に向かつた。

(3) 本件事故により、反訴原告は病院に向かつたが、被害車両に乗車していた大関及び井上並びに加害車両に乗車していた反訴被告和山及び乗客三名はいずれも怪我をせず、少なくとも病院には行つていない。右事故の結果、被害車両は、左側前輪と助手席側扉との間の車体部分が少しへこみ、また、助手席側扉に二条の引っ掻き傷を残した。加害車両は、前部バンパーの右側部分が車体から外れたが、その他の場所はどこも壊れていない。

(4) 反訴原告は、事故当日及び平成四年三月三〇日に寿康会病院で頸椎捻挫、頸部痛の傷病名で通院治療を受けた。しかし、吐き気がしたり、左肩から手にかけて筋肉が痺れる感じがしたことから、その間の同月二七日から西村病院で頸椎捻挫、頸部外傷の傷病名で通院治療を受けた。ところが、反訴原告の症状は寛解せず、安静加療を要する時期であつたことから四月一七日から同月二八日まで同病院で入院治療を受け、退院後、五月一日まで同病院に通院した。同病院では、X線撮影やCTスキヤンを撮つたが、異常は認められなかつた。

反訴原告は、引き続き自宅近くにある寿康会病院で五月二日から一〇月二〇日まで通院し、安静加療後リハビリ療法、牽引療法を受けたが、その通院状況は、五月二日から七月八日まではほぼ二日に一日の割合であつた。その後同月三一日まで中断し、同日の通院再開後は、九月九日まで右と同じ割合で通院し、さらに、一〇月二日まで中断し、同日から再開して同月二〇日まで三日に一日の割合で通院した。

(5) 寿康会病院の猪口医師は、一〇月二〇日症状固定と診断した。同医師作成の後遺障害診断書によれば、後遺障害の内容は、自覚症状が頸部痛、左上肢痺れ感、筋力低下、他覚症状が、X線上頸椎前弯消失、左側頸部筋硬縮、頸椎運動性低下、左前腕全体の筋覚低下、左側鍵反射の低下、左側神経根刺激症状陽性というものであり、これらにより頸部から左上肢の機能障害及び頸椎部の運動障害があるというものである。なお、同病院では、三月、六月、一〇月にそれぞれX線撮影をしているが、遅くとも六月のX線撮影で頸椎前弯消失が認められている。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

2  右認定事実によれば、本件事故は、加害車両と被害車両とが接触したものであり、被害車両に乗つていた大関及び井上を含め、反訴原告以外の関係者全員は傷害を受けていないことや、事故後の両車両の損壊状況によれば、事故による衝撃は重大なものでなかつたことは明らかである。しかし、反訴原告は、身体を前方右側に乗り出して座つていたことから、他の関係者とは異なつた衝撃を身体に受けた可能性があり、このために、反訴原告のみが痛みを訴え、寿康会病院に運ばれたものと推認される。

ところで、寿康会病院の猪口医師は、前示の後遺障害診断書を作成しているところ、西村病院でのX線撮影やCTスキヤンの所見上異常が認められなかつたことから、頸椎前弯消失は、寿康会病院における六月のX線撮影で初めて認められたものと推認され、反訴被告らが、反訴原告は他覚所見のない頸椎捻挫として事故後二カ月を経過した五月末日には治癒しているはずであると主張することは無理からぬことである。しかし、頸椎前弯消失は頸椎捻挫によつて生じ得るものであり、また、本件事故が軽微なものであつたということ以外に、猪口医師の前示診断書の内容に誇張があつたり、他の原因で反訴原告に同診断書に記載の症状が生じたのではないかとの疑いを持つべき証拠がなく、かつ、反訴原告が他の関係者とは異なつた衝撃を身体に受けた可能性がある本件にあつては、頸椎前弯消失は本件事故により生じ、また、平成四年一〇月二〇日の症状固定時に、反訴原告には右診断書記載の後遺障害があつたものと認定するほかはない。

3  そうすると、西村病院において入院したこと、及び寿康会病院でのリハビリに相当期間要したことと、本件事故との間に因果関係があることとなり、また、反訴原告は、右診断書記載の後遺障害を残したこととなる。そして、同後遺障害は、頸椎前弯消失という物理的な症状もあることから、頭部から左上腕にかけての神経障害という一四級一〇号に相当する障害というべきである。

二  反訴原告の損害額

1  治療関係費

(1) 治療費

甲三ないし七の各2、一〇及び一一の各1、2、一二、乙四、六、八、一一の1ないし4によれば、反訴原告は、前示西村病院の治療費として四七万九九八五円を、また、寿康会病院の治療費として四一万五六九〇円の合計八九万五六七五円を要したことが認められる。

(2) 通院交通費

反訴原告本人によれば、反訴原告は、前示各病院の通院のため、少なくとも二万五五六〇円を要したことが認められる。

2  休業損害

甲八、乙一〇、反訴原告本人によれば、反訴原告は、昭和三八年八月九日に生まれ、本件事故当時、株式会社三協小林商事に勤務し、少なくとも月額二一万円の給与を得ていたこと、平成四年三月二七日から一〇月二〇日まで同会社を休業し、給与の支給を受けていないこと、同日同会社を退職したことが認められる。反訴被告らは右月収の金額を争うが、同金額は本件事故に適用されるべき自賠責保険の査定金額よりも低額であり、信用に値するものと認める。

ところで、前認定のとおり、反訴原告は、五月二日から再開した寿康会病院への通院では、主としてリハビリ療法を行い、かつ、平成四年の七月九日から三一日まで及び九月一〇日から一〇月二日まで通院を中断していることや、通院も二日ないし三日に一度の割合に止まること、前記会社については、休業の最終日に退職していることから、右の全期間にわたつてその勤務を休業すべき必要性を認めるのは困難であり、右治療の内容、頻度等に照らし三月二七日から七月八日までは全期間につき、また、同月九日以降一〇月二〇日までは、実際に寿康会病院に通院した三一日間(乙四、六、八により認める。)についてのみ、休業損害を認めるのが相当である。

そうすると、次の計算どおり、休業損害の額は九四万五〇〇〇円となる。

計算 21万0000÷30×(104+31)=94万5000

3  逸失利益

反訴原告は、前示症状固定時には二九歳であり、前示後遺障害のため、六七歳に達するまでの三八年間にわたり、労働能力を五パーセント喪失したものと認めるのが相当である。そうすると、反訴原告が主張するように、月収二一万円を基礎に新ホフマン方式により、逸失利益を算定すると、次の計算どおり、二六四万二二二〇円となる。

計算 21万0000×12×0.05×20.970=264万2220

4  慰謝料

前示の入通院の経緯、後遺障害の部位、程度に照らせば、入通院慰謝料として九〇万円、後遺症慰謝料として原告が主張する七五万円が相当である。

5  以上の合計は、六一五万八四五五円となる。

三  過失相殺の可否

反訴被告らは、大関の前方注視等の過失をもつて反訴原告の過失と目し、過失相殺を主張するが、本件全証拠によるも被害車両がどの位置にあるときに反訴被告和山がウインカーを出したかは不明であり、前示の本件事故による態様によつては、直ちに大関にも過失があるものと判断するのは困難である。

仮に、大関に何らかの過失が認められるとしても、前認定のとおり、反訴原告と大関とは、互いの異性の友人を通じての単なる知人に過ぎず、また、反訴原告も被害車両を賃借した一人であつたり、これを交互に運転したと認めるに足りる証拠がない以上、大関の過失を反訴原告の過失として斟酌することはできず、反訴被告らの右主張は失当である。

四  弁護士費用

反訴被告会社が、治療費も含め、反訴原告に対し合計九一万七〇一五円の填補をしたことは当事者間に争いがないから、同填補後の反訴原告の損害は五二四万一四四〇円となる。

このような本件の事案の内容、審理経過及び認容額等の諸事情に鑑み、反訴原告の本件訴訟追行に要した弁護士費用は、金五〇万円をもつて相当と認める。

第四結論

以上の次第であるから、反訴原告の反訴請求は、反訴被告らに対し、金五七四万一四四〇円及びこれに対する本件事故の日である平成四年三月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による各遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がないから棄却すべきである。

(裁判官 南敏文)

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